特別受益とは、特定の相続人が被相続人から受けた生前贈与や遺贈などの利益を指しています。もし、特定の相続人が被相続人から多額の生前贈与を受けていた場合、これを持ち戻しせずに相続分を計算すると不公平になりかねません。
特別受益があった場合は、持ち戻し計算を行って公平な相続分の計算を行う必要があります。ここでは、特別受益がある場合の具体的相続分の考え方と計算例について説明していきます。
特別受益(相続人に対する生前贈与)とは何か
特別受益とは、被相続人から生前贈与や遺贈などを受けた相続人およびその利益のことをいいます。
相続では、すべての相続人に対して公平に財産を分けることが基本です。しかし、ある相続人だけが被相続人(亡くなった人)から生前に高額な援助や贈与を受けていた場合、何も受け取っていない他の相続人にとっては「不公平」と感じる可能性があります。
そこで、相続の公平性を保つために特別受益というしくみを適用させているのです。
民法では、「婚姻、養子縁組のためもしくは生計の資本として」行われた生前贈与も対象になると定められています。
【特別受益の具体例】住宅資金
相続人のなかで家を購入するための頭金を被相続人から出してもらった場合、特別受益があったと見なされる可能性が高くなります。
【特別受益の具体例】学費負担
相続人の中で、進学のために大学の学費を出してもらった者がいる場合特別受益があったと見なされる可能性が高くなります。
【特別受益の具体例】事業資金の支援
相続人の中で、会社を興すための事業資金を出してもらった者がいる場合、特別受益があったと見なされる可能性が高くなります。
【特別受益の具体例】結婚費用や生活費の支援など
この他にも、高額な結婚式費用や高額な生活費の支援を受けた者がいる場合も、特別受益があったと見なされる可能性が高くなります。
ただし、一般的な額の生活補助や小遣い、結婚祝いや新築祝いなどは、不公平を生じさせるものではないため、特別受益に該当しないとされます。
【特別受益の具体例】生命保険金・死亡退職金
被相続人の生命保険金や死亡退職金は、通常は受取人固有の財産として扱われますが、明らかに不公平であると思われるほど高額な生命保険金や死亡退職金を受け取った者がいる場合は、特別受益としてみなされることもあります。
特別受益制度は、相続人の間に不公平を生じさせないために設けられたしくみです。したがって、相続において相続人が不公平感を抱くような生前贈与や遺贈があった場合は、これを特別受益とみなし、相続分に反映させる「特別受益の持ち戻し」が行われます。
特別受益と贈与の持ち戻し
被相続人による生前贈与が特別受益であるとみなされた場合、特別受益を受けた者と受けていない者の間に生じる不公平をなくす必要があります。このようなときは、相続人が受けた贈与の額を相続財産額に加えて当該相続人の相続分を導き出します。これが「贈与の持ち戻し」であり、相続分を計算するうえで重要な要素になるのです。
ただし、令和元年(2019年)7月1日以降、婚姻期間が20年以上の夫婦については、その居住用不動産の生前贈与や遺贈を「贈与の持ち戻し」の対象外となっています。
なお、令和5年(2023年)4月1日以降は、相続開始から10年経過後に行われる遺産分割については特別受益の持ち戻しが認められなくなりましたので、法定相続分あるいは遺言による相続分にもとづいて遺産を分割することになります。
贈与の持ち戻し計算例
以下の家族構成と遺産状況において贈与が行われた場合の「贈与の持ち戻し分」を計算してみましょう。
- 被相続人A
- 配偶者B
- 子C
- 子D
※遺産は1,200万円
※被相続人Aは生前に子Cに対して家の購入資金として600万円を贈与していた
各相続人の相続分の計算例
上記の状況において各相続人の相続分を計算するときは、遺産額1,200万円に生前贈与された600万円を持ち戻して合計額を出します(生前贈与の持ち戻しが行われる)。
1,200万円+600万円=1,800万円(相続財産の額)
算出した1,800万円を法定相続割合にもとづいて分割すると、以下のようになります。
- 配偶者Bの相続分:1,800万円×1/2=900万円
- 子Cの相続分:1,800万円×1/2×1/2=450万円
- 子Dの相続分:1,800万円×1/2×1/2=450万円
このとき、Cの相続分である450万円から生前贈与された600万円を差し引くと、「450万円-600万円=マイナス150万円」になり、計算上、Cの相続分は0円ということになります。
全相続人の相続分合算例
全相続人の相続分を合算すると、配偶者Bは900万円・子Cは0円・子Dは450万円で合計1,350万円になります。このとき、具体的相続分率(法定相続分に個別要素を加味して調整した相続分)は以下の通り算出されます。
【具体的相続分率】
- 配偶者B:900万円÷1,350万円=2/3
- 子C:0万円÷1,350万円=0
- 子D:450万円÷1,350万円=1/3
ここで、もとの遺産額1,200万円に具体的相続分率をかけて最終的な相続金額を算出すると、それぞれの相続額は、配偶者Bについて1,200万円×2/3=800万円、子Cについて0円、子Dについて1,200万円×1/3=400万円となることがわかります。
特別受益と債務の控除
相続開始時点で被相続人が有していた遺産額は、具体的相続分額を導き出すうえで重要な数値となります。ただし、計算基準となる遺産額がプラスの財産のみを指すのかプラスの財産からマイナスの財産を控除した額を指すのか、については議論されているところで、現在のところはプラスの財産のみを指すものと考えられています。
特別受益の評価
持ち戻し計算の対象となる贈与財産が以下の状況にあるとき、特別受益の額はどのように評価されるのでしょうか。
- 贈与された財産が相続開始時点ですでに処分されていたり壊れていたりした場合
- 贈与された財産の価格が贈与時点と相続開始時点で変動している場合
民法では、「贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなして」と定めています。
※民法参照
したがって、故意かそうでないかを問わず、受贈者が起こした行為(火災による消失や土地造成など)によって贈与財産の状態が変化してしまったとしても、贈与時点の状態のままとみなして評価されることになります。また、過去の判例では、相続開始時点における評価額を採用する、としています。
※ただし、天災または不可抗力による贈与財産の滅失については持ち戻しの対象外とされます。
被相続人が特別受益の持ち戻し免除の意思表示をした場合
特別受益の持ち戻しは、相続人同士の公平を実現するために行うものであり、公平であることを被相続人が望むという推測のもとに成り立っています。したがって、もし被相続人が「特別受益の持ち戻しを望まない(持ち戻しの免除)」という意思を明確にしたときは、被相続人が特定の相続人に対して行った生前贈与や遺贈を考慮することなく遺産分割を行うことが可能になるのです。これを、持ち戻しの免除といいます。
ただし、持ち戻し免除により法で認められた遺留分を侵害する場合は、遺留分侵害額請求権の対象となる点に注意しましょう。
◆参考文献:「東京大学出版会 民法Ⅳ親族・相続 内田貴 著」